1月3日にイラン革命防衛隊の精鋭コッズ部隊の司令官「ソレイマニ氏」が、アメリカのトランプ大統領の指示のもと暗殺されるという衝撃的なニュースが飛び込んできました。

一体なぜアメリカはイラン司令官のソレイマニ氏を殺害したのか?このニュースを知って疑問に思ったかたがほとんどではないでしょうか?

そこには、過去の歴史とお互いの両国の立ち位置など、繊細なことが影響しているようです。

また、アメリカ政府はソレイマニ氏の暗殺をどのような方法で?どの場所で実行したのでしょうか?

この記事では、アメリカはなぜイラン司令官ソレイマニ氏を暗殺しなければならなかったのか?また、その暗殺方法はどのように行われて、どの場所で行われたのかを詳しく見ていきたいと思います。

なぜ、アメリカ政権はイラン司令官ソレイマニ氏を暗殺したのか?

トランプ大統領は、今まで「オバマ大統領」や「ブッシュ大統領」でも行わなかった、イラン司令官暗殺を指示しました。

トランプ大統領は、イラン司令官殺害について「戦争を止めるためだ。始めるためではない」と語っています。報道では今年の大統領選を見越してのアクションだという専門家のコメントもあったようですが、実際のところはどうなのでしょうか?

今回、暗殺されたイラン司令官「ソレイマニ氏」はイランの民衆に大変人気があり、イランが誇る「革命防衛隊」の指揮官だったため、イラン国内や中東での影響力は非常に大きいものがありました。

アメリカはなぜ、イラン革命防衛隊の精鋭コッズ部隊の司令官「ソレイマニ氏」を暗殺しなければいけなかったのか?

これには、最近のアメリカとイランの中東情勢と、今までの対立の歴史が複雑に絡み合っています。

そして、なぜトランプ大統領は「ソレイマニ氏」を狙ったのか?「ソレイマニ氏」の暗殺がどのような事態を及ぼすのでしょうか?

 

アメリカのイラン司令官暗殺はなぜ?アメリカ・イラン対立の決めては?

今回のイラン指令官殺害の理由として、以下のことがあげられます。

  • トランプ政権による「イラン核合意」の破棄。
  • 日本タンカーへの攻撃。
  • カタイブ・ヒズボラによるイラクにある米軍施設への度重なる攻撃。
  • カタイブ・ヒズボラへのイラン革命防衛軍の支援。

実は最近のアメリカ・イランの状況はいつ戦争になってもおかしくないと言われほど緊迫していました。

まずは、その根底となる「イラン核合意の破棄」について解説していきます。

イラン司令官暗殺はなぜ?「イラン核合意の破棄」とは?

 

まずは「イラン核合意」から説明していきたいと思います。

2015年当時、オバマ政権はイラク戦争の爪痕として台頭してきたテロ組織「ISIS」の掃討にかなり手を焼いてきてました。そんな折、ソレイマニ率いるイラン革命防衛軍が「ISIS」がイラクの主要土地を占領していくのを、さらに奪い返すなどの快進撃を繰り広げます。

その様子を見ていたオバマ元大統領は、ソレイマニが率いる「革命防衛軍」はISIS掃討の切り札だと実感し、それまでの国家の対立を修正しようと試みます。

そして、オバマ大統領はとイランの「革命防衛軍」をISIS(イスラム国)と戦ってもらうことの見返りとして、国連の国々に「イランの核開発を大幅に減らすなどの条件の上、容認しませんか?」と持ち掛けました。この提案に米英仏独中ロ、欧州連合(EU)の国々が賛同して、「イラン核合意」が成立しました。

この「イラン核合意」によりそれまで険悪であったアメリカとイランの情勢も一旦落ち着きつつありました。

しかし、2018年にオバマ政権からトランプ政権に変わるとトランプ大統領はこの核合意の内容に納得せず「イラン核合意」を離脱すると宣言してしまいます。

トランプ大統領は、大統領に就任してから全オバマ大統領が行ってきたことはそのほとんどを否定してきました。それが彼の政治スタイルでもあり、「今までの大統領とは違うぞ」とアメリカ国民に示したいという狙いがあると思います。この「イラン核合意離脱」もそのやり方を実行した形になりました。

イランとしては「イラン核合意」の条件である核開発の大幅な減少ウラン濃縮の制限などを遵守している中での、突然の破棄であったため、その怒りは相当なものだったに違いないでしょう!?

このことで、再びアメリカとイランは緊迫した関係になってしまいました。

イラン司令官暗殺はなぜ?日本タンカー襲撃!

この緊迫した関係はさすがに宜しくないと思ったトランプ政権は、イラン大統領との会談を計画します。しかし、この会談は実現しませんでした。

その理由としては、この時期にイラクで多発的に日本タンカーが襲われる事件が起こります。アメリカはこのタンカーイラン

ちょうど日本の安倍首相が、アメリカとイランの関係修復の橋渡しとしてイランに来日している時期におこりました。日本はアメリカはもとよりイランとも良好の仲でしたので、日本がの役割を担うことになったみたいです。

アメリカはこの日本タンカー襲撃事件をイランの仕業だとして、さらに関係を悪化する事態となってしまいます。

イラン司令官暗殺はなぜ?カタイブ・ヒズボラによる米施設攻撃!

 

なぜ今回、アメリカはソレイマニ氏を狙ったのでしょうか?

それには、「カタイブ・ヒズボラ」いうイスラム教シーア派の民兵組織が深く関わっています。このカタイブ・ヒズボラはテロ組織に指定されており、イラクを中心に活動しています。

11月~12月にこのカタイブ・ヒズボラはイラクにある米軍施設および米大使館に11回もの攻撃を仕掛けいました。いつ反撃してもおかしくない状況ですが、トランプ政権はイラク国内の事案なので、イラク政府が鎮圧することを期待して静観していました。

しかし、イラク政府にこの武装集団を鎮圧する力はなく、イラク政府を見限ったトランプ政権はこれ以上の攻撃は許されないとして、鎮圧に乗り出します。この鎮圧で最も効果があるとするのがソレイマニ氏を殺害することだったのです。

なぜかというとこのイスラム教シーア派武装集団「カタイブ・ヒズボラ」をソレイマニ氏率いるゴッズ部隊が支援していたからです。言い方を変えれば、イラクの米施設攻撃の黒幕はイラン革命防衛隊でありイランであるとアメリカは結論付けたことになります。実際のこの「カタイブ・ヒズボラ」はソレイマニ氏が作ったともいわれています。

その最も影響力がありイランでは英雄とされるソレイマニ氏が今回、殺害に狙われたという経緯です。

イラン司令官暗殺はなぜ?アメリカ対イラン対立の歴史

知っている方も多いとは思いますが、実はアメリカとイランは40年近くも対立関係にあり、国交を断絶しています。

なぜ両国は対立してしまったのでしょうか?その歴史を時系列でみていきたいと思います。

アメリカとイランとの間で起きた出来事をまとめました。

 

・1953年 クーデター計画
 

当時のインドは自国資源である石油をイギリスから支配されており、インドは自国の資源から利益を得ていなかったため、時の首相モサデクが石油を国有化しようとこの情報するがイギリス・アメリカに真相がばれてしまい、クーデターをおこされモサデク政権は失脚してしまう。

その後、モハンマド・レザ・パフラヴィが王政を制定し、アメリカがこの王政の後ろにつき、イランの石油の利益を得た。

パフラヴィ王政はアメリカのバックアップを得て、秘密警察を操り独裁政治で周りを抑圧した。

・1979年 イラン・イスラム革命
 

独裁政権であったパフラヴィ王政に抑制され続けた国民が、パフラヴィ王政を失脚させるため革命を起こす。

この革命で国民はパフラヴィ王を国外に追放する。代わりに当時パフラヴィ王政の対抗勢力であっためパフラヴィ王から弾圧を受け、国外に追放されていたホメイニ師がが、国内に帰還し初の最高指導者となった。

アメリカはこの政権交代で今まで得ていた石油の利益を手に入れられなくなってしまう。またパフラヴィ王は、国外追放の逃亡先としてアメリカに入国したため、今までの米国との癒着を強める形となり、イラン国民に反米意識を植え付けることとなる。

・1979年~1981年 米大使館占拠人質事件
熱狂的なホメイニ信者の学生たちがイランの米大使館を占拠し、パフラヴィ元皇帝のイラン政府への引き渡しを条件に米大使館関係者・米海兵隊とその家族などのアメリカ人52人を444日間もの間、人質にとって立て籠もった。イラン政府はこの事件を支援していたため、世界中から非難を受けることになる。

パフラヴィー元皇帝が、最終的な亡命先となったエジプトのカイロで死去したことで、学生らによる大使館占拠の根拠が消滅し事実上、この事件は終焉を迎える。

この事件により、アメリカ国内ではイラン政府に対しての非難が大きくなり、アメリカ国内にあるイラン大使館でデモが行われる騒動に発展した。

この事件を機に、両国での対立構造が激しくなり、以降両国は国交を断絶している。

1980年~1988年 イラン・イラク戦争
1979年に起きたイラク革命により政権交代したイラン(イスラム国)に対して、イラクがサッダーム・フセインを中心とする新生イラクが政権のがたついているイランを攻め込む好機と見て一気に攻撃を仕掛け、戦争へと発展していきました。

イランと対立していた、アメリカはイラクを支援する立場をとり、戦争が長期化するにつれイラクをより支援していった。

その後、膠着状態となり、1988年 国連が提案した「安保理決議598号」の締結により、イラン・イラク戦争は終結した。

・1988年 米軍艦によるイラン旅客機撃墜
アメリカとイランの情勢が悪化する中、1988年7月にイラン民間人約300人が乗車していたドバイ空港に向かっていあた、イラン空港655便エアバスA300型機がペルシャ湾沖で米軍艦に誤爆され乗客300人全員が死亡した。

アメリカ政府は遺憾の意を表明し、犠牲者に賠償金を支払った、あくまでも誤爆であると考えられるし真相は今だ明かされていない。

・2002年 イランを「悪の枢軸」
当時のアメリカ大統領ジョージ・ブッシュは北朝鮮・イラクと共に大量破壊兵器の保有を目的とし核兵器開発に力を入れていることから、世界を脅かす「悪の枢軸」と表現した。

アメリカの調査などによって、イランが核兵器開発疑惑が判明し、このことによりイランは国際的に制裁を受け、イラン経済は大打撃を受けることとなる。

・2015年 イラン核合意
当時オバマ政権では、中東のエネルギー資源に目を向け、今までのイランとの対立を良くは思わなかったオバマ大統領が、それまで核開発疑惑でウラン濃縮施設が見つかったことで国連を通して経済制裁を受けていたイランに対して、一定の条件のもとイランへの経済制裁の見直しを世界に訴えかけた。

15年7月にIAEAの米英仏独中ロ、欧州連合(EU)の承認のもと、イランは大幅に核開発を制限することを条件に、イラン核合意が認められた。これにより、ある程度のイランの核開発の容認が認められと言われています。

このことにより、今まで対立していた仲が、少しでも改善の方向にむいたのではという見解もありますね。

いずれにせよ、イラン側としてはいてもたっては無いアメリカ申し出だったに違いないはずです。

2018年 イラン核合意撤廃
2018年アメリカトランプ大統領に政権交代しました!対中東情勢イランに置いて「イラン核開発合意」をトランプ大統領は不服として、それまでの、イランとの取り決めを反故にすると宣言しました。これにより、核開発合意で対立状況が緩和していた両国ですが、今まで核開発の制限の条件を守ってきたイランは憤慨し、再び対立状況に陥りました。

 

 

アメリカ政権のイラン指揮官暗殺方法とは?暗殺された場所は?

 

イラン革命防衛軍のゴッツ隊の司令官ソレイマニ氏はどのような方法で殺害されたのでしょうか?

その殺害方法は、なんとドローンです。前々から無人機攻撃などに使われる可能性などが囁かれていましたが、ついにドローンが軍隊兵器として使用されました。また、狙ったターゲットを確実に仕留めています。

ソレイマニ氏を乗せた車がバクダッド空港から走行してきたところを狙われドローンによりミサイルを撃ち込まれて車ごと爆破されています。走行中の車に正確に捉えられる機能がもう備わっているのが衝撃的です。

ドローンが軍隊兵器として使われるメリットとしては、なによりも無人機で操作できること、そして小型であれば大量なドローンを投入することができることです。大量にドローンが投入されれば、自動迎撃システムの網をかいくぐることも可能だそうです。

日本ではおもちゃ感覚でここ数年身近になってきただけに、ドローンが兵器として使われることに恐怖を感じてしまいます。

世界を巻き込む大きな戦争にならないことを願うばかりです。

アメリカ政権のイラン指揮官暗殺に関するネットの反応!

トランプ政権によるイランの英雄「ソレイマニ」殺害の報道は、日本でも注目が集まっています。

両国とも日本にとっては影響の大きな国なだけに、ネットでは「戦争にならないでほしい」という声が多くありました。